7.デルトラ侵攻の日

 12代?・エンドン国王の即位から7年たった次の日、『デルトラのベルト』が破壊され、ベルトにおさめられていた七部族の守護石は国中に散りうせた。影の憲兵団がデルトラ全土を制圧し、デル城は影の大王の手に落ちた。

すべてを変えた運命の日

 リーフ王は、この日について「運命の晩」「人びとの暮らしを永遠に変えることになった日」と回想している。この日、デルトラの国民は当たり前の生活をうしなった。

 どんな場所でも、どんな人生にも、あんなことがなければ、どうしてこんなことが…と、何度振り返っても足りないようなことが起こりうる。デルトラ王国にとって、それがこの日だ。

 この日、家を捨てて着の身着のまま逃げ出した人も、大事な家族を亡くした人も、この日のあとに生まれた者たちも、みながこの侵攻とけっして無縁ではない。デルトラにこの日が来なければ、今とは違う人生があったはずだ。罪もない人々が苦しめられ、傷つけられるようなことがあって良いわけはない。デルトラが再び豊かになろうと、死んだ人は生き返らないし、失われた有形無形の財産はよみがえらない。

 『デルトラのベルト』の力と国民からの信頼を失ったエンドン王は王座を追われ、鍛冶屋のアディンが打ち立てたデルトラ王国は崩壊した。そして、影の大王がエンドンととってかわってデル城に入り、この日から約17年にわたってデルトラを支配することになった。

デルトラ侵攻の日

深夜のデル城

 エンドン王の即位7周年式典が、とどこおりなく終えられた晩。式典前に、エンドン王の乳母だったミンが事故で亡くなる騒動があったものの、デル城の住民は無事にうたげがすんでひと安心しながら眠りについていた。デルの市民たちも、いつも通りの慌ただしい一日を終え、休息をとっていた。

 デル中がしんと寝静まっていた真夜中、『デルトラのベルト』が保管されていた塔に何者かが侵入し、見張り番の衛兵たちを殺害した。この侵入者は、『ベルト』がおさめられた小部屋に入りこむと、ガラスの保管箱を粉々に打ちくだき、中に入っていた鋼鉄のベルトをばらばらに引きちぎった。『ベルト』を破壊し、デルトラを闇におとしいれた張本人が誰かは、今にいたるまで判明していないが、当時の主席顧問官だったプランディンだとする考えが主である。

 同じころに、影の王国から七羽のアクババが飛び立ち、夜明け前には南のデル城にやってきた。塔のてっぺんの小部屋に到達したアクババには、デルトラのベルトの七つの宝石がひとつずつ預け渡された。七つの宝石には、デルトラ王国外に持ち出すことをはばむ魔力が宿っているため、アクババたちはめぼしい隠し場所を求めてデルトラ中へと飛び去った。

影の大王の来襲

 春も近づき、ややあたたかく、よく晴れた日だった1。蒸し暑さのため、夜明け前に目覚めて窓を開け、デル城のまわりをぐるぐると旋回する巨大な鳥の群れを目にした者も、わずかにいたのかもしれない。しかし、デル市民の大半は、朝もやのなか、まだベッドの上でまどろんでいた。

 上空に雷鳴が激しくとどろき、赤黒い雲が北からみるみる押しよせてきた。デルの街の青い空は、一瞬で暗い影におおいつくされ、強風が吹き荒れた。

 数百年つづいた護りの魔法が破られ、影の大王がついにデルトラ王国へと侵略してきた瞬間だった。

首都デル陥落

 異変に気づいて飛び起きたデル市民のあいだでは、さまざまな憶測や意見が飛び交った。

 あまりに急なことで、自分の目で見たものを信じられずにいた市民も多かった。けれど誰もがすぐに最悪の事態 ―デル城でなにか思いもがけないことが起こり、デルトラ国王の魔法が破られ、影の大王の侵略がはじまった―に思いめぐらせずにはいられなかった。

逃げるか、戦うか

 デル近郊でひかえていた影の大王軍(以下、影の憲兵団とする)が、市の街壁を破り、市街地へと迫った。進み来る影の憲兵団に怯える市民や、我さきにと街から逃げ出そうとする市民で、デルはたちまち上下を返したような大混乱となった。

 影の憲兵団は、ただちにエンドン国王夫妻を見つけ出してとらえるべく、デルの中心部にそびえ立つデル城を目指して進んだ。迎え撃つのは、アディン王の建国以来、デルトラで最も屈強な戦士の集団と目されてきたデル城衛兵隊。しかし、反撃のかいもなく、衛兵隊は城を守り切ることができなかったばかりか、影の憲兵団の前にほとんど壊滅した。城内を逃げまどうデル城の貴族や使用人たちは殺され、デル城は、影の大王の手に落ちた。

 ごく一部の住民は、愛する人びとと故郷を守るため、勇敢にも武器を手にとって立ち上がった。

いましめのために

 『デルトラのベルト』と国民を守る責務を負っていたはずのエンドン王の行方は、デル市民ならば知らぬ者はいないから、詳細はほかの書物にゆずることとする。

 即位7年目にして、突如王位を絶たれることになったエンドン王は、影の大王がデルトラに侵入する直前、見るも無残な『デルトラのベルト』の残骸を自ら発見したと言われている。

 けれども、影の憲兵団はその日、エンドン王と身重のシャーン妃を発見することができなかった。それから十数年間、エンドン王は、民を見捨てた国王となじられ、国民は、国王に見捨てられ絶望のふちに立たされた。それもまた、デル市民ならば知らぬ者はいないだろう。

 さて、デルトラ侵攻が起こった日の昼から、遅くとも夕方ごろのことだ。西のトーラの街に、エンドン王の署名がなされた便りが届いた。その手紙は、『デルトラのベルト』が破壊されたこと、首都デルが敵の手に落ちたことを伝え、エンドン王自身と妻のシャーン妃をトーラの街でかくまうように求めていた。

 トーラ族は、エンドン王からの手紙を受け取ってはじめて、影の大王による侵攻の発生を知った。しかし、東のデルとトーラのつながりが絶たれてから久しく、エンドン王もその王妃も、トーラ族にとってはもはや見知らぬ人物も同然だった。トーラ中央の広場にそびえる『誓いの大岩』は、アディンの子孫への変わらぬ忠誠をうたっていたが、おろかにも数百年前の遺物に力はないとみなしていた。

 それに魔法で守られたトーラは、どんな邪悪をもよせつけない。デルトラのほかの土地がどんな状態になろうと、自分たちだけで必要なものをまかない、何の問題もなくやっていくことができる。だからトーラの人々は、エンドン王の訴えにもかかわらず、手紙を真っ二つに破り捨てると、保護を断る返事を出した。

 このとき、数百年前のデルトラ建国の際に、古代トーラ族がかけた誓いの魔法が破られ『誓いの大岩』が砕けた。誓いの魔法はまだ生きていたのだった。トーラ族の民は、先祖の立てた誓いを破ったために持てる魔力を失い、トーラから遠く南の『いましめの谷』へと追放されることになった。高貴なトーラの民は、こうして生けるしかばねも同然の存在になりはてた。

 トーラ族がこの日おかしたあやまちは、2つあると考える。1つめは、先祖が建てた重い誓いを破ったこと。なぜ先祖がそのような誓いを立てたのか、考えてみることもなかったのだろう。トーラ族は、デル城が完成したころ、重要な書物の大半を城の図書室へと送っており、誓いがどのようなものか、あいまいにしか理解していなかった可能性もあるが。2つめは、エンドン国王夫妻にきちんと向き合わなかったことだと、私は思う。長年にわたる国王の仕打ちにどれほど失望していたとしても、トーラへ呼びよせたり、手紙をやりとりしたりして、話を聞こうとするくらいのことはできたはずだ。

 しかし、トーラ族からが国王夫妻に返信を送った夕方ごろには、影の憲兵団がデルから西へとつづく道に検問を張って封鎖した。国王夫妻が、魔法の街トーラへ逃げのびるのを見こしてのことだろう。だから、トーラ族が保護を受け入れていたとしても、国王夫妻がトーラへたどりつくのは難しかったはずだ。しかし、過去を忘れたトーラ族のおごりが、彼らの自滅を招いたのは、影の大王にとっては思ってもみない幸運だったといえる。

七つの宝石のゆくえ

 デルトラのあちらこちらで、『デルトラのベルト』の宝石を持ち去った七羽のアクババが上空を飛ぶ姿が目撃された。昼ごろには、北東の嘆きの湖や、中央部のネズミの街の上を、アクババが旋回していたことが報告されている。

 七羽のうち、真実の象徴・アメジストを運び出したアクババは、日没ごろに西の『魔物の洞窟』へたどり着き、くすんだ紫色の宝石をかくした。

 骨岬沖に停泊していた賭博船『幸運の女神号』の水夫たちは、『魔物の洞窟』にやってきたアクババと、遠く東にあるデルの上空が厚い黒雲におおわれている様子を目にした。

支配のはじまり

 首都デルを支配下に置いた影の大王は、当日の夕方ごろ、デルトラ全土に対して日没後の外出を禁じる命令を出した。エンドン王を追放してデルを占領したこと、そして『デルトラのベルト』を破壊してデルトラを支配したことも、この命令と合わせてデルトラの全住民へ宣言したと思われる。これが17年にわたった影の大王の支配のはじまりであり、この一日だけで数多くのデルトラ王国民が命を落とし、また捕虜として影の王国に強制連行された。

デルトラ侵攻の日について描いている書籍(出典)

  • エミリー・ロッダ著、岡田好惠訳、「デルトラ・クエスト 1 沈黙の森」、岩崎書店(2002)

 影の大王が支配するデルの街で生まれ育ったリーフは、この日から16年ものあいだデルトラの人々が味わっている理不尽な日常を思って怒りを覚える。(5章・あわてねずみがはいってきたら~7章・うらぎり p.53~84、8章・リーフ p.95~96)

  • エミリー・ロッダ著、岡田好惠訳、「デルトラ・クエスト 8 帰還」、岩崎書店(2002)

 お世継ぎを探してデル近郊の『ベタクサ村(ウィシック湿地)』に向かうリーフは、デルを出たおおぜいの市民で大混乱だっだであろう、16年半前のこの日のことを想像した。(5章・伝言 p.80~81)

  • エミリー・ロッダ著、岡田好惠訳、「デルトラ・クエスト Ⅱ 2 幻想の島」、岩崎書店(2003)

 影の大王が去ったデルには、この日から行方不明になっていた市民も戻ってくるようになっていた。(9章・国王に死を! p.128~129)

  • エミリー・ロッダ著、上原梓作、「デルトラ・クエスト Ⅲ 3 死の島」、岩崎書店(2004)

 デルの街が大混乱に陥っていたこのころ、西の彼方に浮かぶ『幸運の女神号』の上では、「骨岬灯台」の灯をめぐって灯台守の娘・ベリティーが人質として捕らえられていた。

その約18年後に『幸運の女神号』を訪れたリーフは、ベリティーが残した魔法によって、この日のデルトラで起こっていたことを目にする。(10章・誓い p.124~142)

  • エミリー・ロッダ著、岡田好惠訳、「スター・オブ・デルトラ 1 <影の大王>が待つ海へ」、KADOKAWA(2016)

 過去の幻影に苦しめられるティアー王は、大混乱のなかロザリン船団の団員たちがデルの港を離れた、40年ほど前のこの日のことを思い返した。(1章・魔丈の持ち主 p.9~19)

  1. 約17年におよんだ影の大王による支配は、夏の終わりに訪れるリーフの誕生日から、4~5か月半ほどで終わりを迎えた。さらに、シャーン妃はリーフを妊娠中で、出産まではまだ間があった。つまり、この侵攻が起こったのは、リーフの誕生日から数か月さかのぼった、春のはじめ~中ごろだったと考えられる。

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